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石徹白(いとしろ)集落は 1958年に町村合併され、福井県大野郡和泉村(現福井県大野市)から岐阜県郡上郡白鳥(しろとり)町(現岐阜県郡上市)に編入された。
石徹白集落は白山の登拝道である美濃禅定道の重要な位置にあり、遠く檜峠を越えてやってきた登拝者たちの宿泊場所として栄えた。ここにも平家落人が隠棲したらしく、また地理的に閉ざされた環境に置かれていたため、追われ暮らした村人の結束力は計り知れないものがあったらしい。だからこそ、こうして代々、綿々と子孫を残してこられたのだろう。
現在は福井県から石徹白川沿いに林道が延長され、以前のように白鳥町から桧峠を経由して石徹白に入るという大回りは無くなったが、それでも冬場は桧峠からの道しか開通しておらず、我々にとっても閉ざされた空気は拭えない。
しかし石徹白には、そんな以前の生活を思わせるような雰囲気は、今はほとんど感じられない。豪雪地帯という特有の地理的条件を利用して、周辺にはスキー場がところ狭しと開発された。冬場は多くのスキーヤーたちで周辺は賑わい、この時期は秘境の山間も車と訪れる人々の歓声に包まれる。
そんな石徹白川は、当然白山と深い結びつきの中にあり、禅定道が谷間を縫うように走っていたことから信仰色を帯びた名前などが点在している。その途中にあるのが、倉谷だ。
「倉谷」とは、深く切り立った陰惨な谷を意味する。その名の通り、倉谷には見事なほど 高い壁に囲まれたゴルジュ が存在する。その景観は極めて絶妙である。そのゴルジュの入口には、手こずる連瀑が溯行者を待つ。これをいかに攻めるか、そして陥すか。ここが倉谷の大きな溯行ポイントとなっていることには違いない。言うなれば、ここを通らずして倉谷は語れないのだ。
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