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別項別山谷の右又にあたるのがこの井谷(いのたに)。こちらも別山谷に負けるとも劣らない、白山系を代表する渓谷のひとつである。つめは三ノ峰、あるいは別山との稜線上となる。
下流の連瀑帯とは逆に、源流部はなかなか静寂の趣があって楽しい。けっして難しい渓ではないが、白山本来の落ち着きある姿を俯瞰するには恰好の渓に違いない。時期にさえ恵まれれば、縦走者の往来も少ない稜線に広がる色とりどりのお花畑が出迎えてくれよう。遠く目をやれば。連なる、まるでノコギリ歯のようなアルプスの連山も手中にすることができるだろう。特にここからは富士山が見えると噂されるが、さて、そのピークの先を的中させることはできるであろうか。
源流のV字谷の中に、岩壁から噴水状に一筋の水が吹き出ている場所があった。初溯行した際に、自然の造形の面白さに感嘆したが、幾年か経るとこの姿もきっと見られなくなるだろうと惜しくもその場を後にした。が、数年後に再び訪れる機会を得た際、この噴水を探すと同じ場所にまだ吹き出していてびっくりした。小さな造りではあるのだが、自然の驚異と呼ぶに相応しい見事なものである。
岩屋俣谷には遠く昔、別山に向かう登山道があった。ちょうど別山谷と井谷とを分ける尾根上にそれはあった。これを「吹向(フキムキ)尾根」と呼んだ。編み笠をかぶった登拝者の列が、この急な尾根を登って行く、そんな記録を写真で見たことがある。そんな往時の登拝者の姿を想像しながら、たどる谷もまた感慨深いものがある。
この谷もまた長く、下山後の千振尾根のバカ尾根歩きに泣かされることには変わりはない。できるなら谷間で一夜を過ごし、奥深き閑寂の渓谷に身も心も委ねるといいだろう。満点の星空と澄み切った空気が、忘れてかけていたあのときの想い出を(?)そっと引き出してくれるにちがいない。白山はいつでも溯行者を包容する寛大さがあるから好きだ。
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